中部クリエーターズクラブ

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名古屋市のデザイン施策とテレビ塔活用の「学生キャンパス構想」について 森本健

1989年6月30日に名古屋市議会の全会一致の議決事項として名古屋市が「デザイン都市・名古屋」を宣言してから早いもので22年経った。その間、名古屋の都市景観や愛知県や名古屋市の行政施策にもデザイン振興瀬策が取り入れられて大きな変化をもたらした、市民のデザイン意識も高まりデザインという言葉が日常生活や社会生活の各般で自然に使われるようになった。

1985年に世界デザイン会議(ICSID89名古屋)を招致したことが契機となり名古屋市の100周年事業のキーワードとなり世界デザイン博覧会が開催された。このデザインのビックイベントの開催により国際デザインセンターの設置にも繫がった。その株式会社国際デザインセンターも来年20周年を迎えようとしている。
10年一昔というが、20年も経つと国際デザインセンターのデザイン施設も大きく変わった。デザインライブラリーやデザイン共同研究開発室等の施設はなくなり、デザインミュジアムも常設展示部分を縮小した。代わりに本年11月に「LOOP」がオープンしクリエィターズショップの充実が図られた。これも時の流れによるものでやむおうえない面もあるが、西尾武喜元市長、松原武久前市長、河村たかし現市長と3人の名古屋市長が誕生し、名古屋市政の中のデザイン施策も大きく変わってきた。「デザイン都市・名古屋」は、ユネスコが認定した「クリエイティブデザインシティー」へと受け続けられた。

しかしデザイン振興のための予算は、行政の首長が代わったことや世界や日本を取り巻く社会情勢、経済情勢の影響を受けて年々厳しくなり、国際デザインセンターの活動委託予算は、来年度はこれまでの半分になる見込みという。
3月11日の東日本大震災やギリシャやスペイン、イタリアの経済危機などに加えて、安全安心、環境問題が時代のキーワードになった今、デザイン施策の予算がこれまでのように配分されるという状況にないことはわかるが、あらゆる行政施策にデザイナーの活用やデザインの視点を取り入れることでよい結果がうまれるであろうことはあまり理解されてない。デザイナー側もこのように厳しい時代には、知恵を絞り少ない予算でも大きな効果を生み出すことができることを実証していくべきであろう。



■国際デザインセンターに2011年11月16日に新設されたクリエイターズショップ「LOOP」


こうした中、名古屋市総務局から名古屋テレビ塔を活用した「学生キャンパス構想」の相談があった。県内の大学生がテレビ塔の施設を使って学生主体で事業展開をしていくことを期待しているような企画である。教員側にもテレビ塔の施設を使って単位互換の授業をしてほしいということであった。単位互換の授業については、各大学のカリキュラムが違う現状では難しい面も多々あるが、学生の展覧会やワークショップ、市民に向けた公開講座など様々な展開が考えられて、テレビ塔の施設を活用した事業は、これからもっともっと企画されてくるものと思われる。CCCにも多くの教育関係者いるので、かかわることになるのではないかと思っている。
こうしたことへの協力を通してCCC並びにデザイナーの存在感が高まり、ひいてはデザイナーの価値観を活用していくことが事業効果を上げていくことにつながることを認識してもらう機会になることを期待するものである。

名古屋学芸大学 森本 健


2011/12/01

ヨコハマトリエンナーレ2011 [OUR MAGIC HOUR]  柴田知司

11月、2001年から始まった横浜市で3年に1度開催される現代美術の国際展覧会「ヨコハマトリエンナーレ2011」に足を運ぶ機会があり、デザインに勤しんでいた日々から脱却し、久しぶりにアートな1日を堪能したという感じです。

10年目となる今回は「みる・そだてる・つなげる」の理念を掲げ、横浜市内各地で関連プログラムが実施されており、メイン会場である横浜美術館と倉庫を改築した日本郵船海岸通倉庫を中心に横浜の街を満喫しながら巡回をしました。



横浜美術館では所蔵作品も含め、関係性のある作品郡が絶妙なディレクションのもと同一のフロアに設置してあり、異なる時代、ジャンル、手法、メディア、素材をバックグラウンドにした様々な作品が組み合わさることによって、単体で作品を鑑賞するのとは違った視点で空間における新たな関係性や解釈を見出す工夫が施されていました。



日本郵船海岸通倉庫では3Fまである広大で雰囲気のある会場を上手く活かしたダイナミックな展示が成されており、時間が限られていたため長く見る事はできませんでしたが、ヴェネツィア・ビエンナーレの金獅子賞を受賞し、既存の映画やドラマ内の時計や時間に関する映像シーンをカット&ペーストし、繋ぎ合わせて24時間を表現したクリスチャン・マークレー氏の《The Clock》は、シンプルなコンセプト+着眼点の良さ+編集表現の密度に加え、映像と現実の時間がリンクしており、その時のリアルな身体感覚と一致していてとても心地が良い印象でした。



比較的暗くて撮影禁止の場所も多くありましたので、中々気に入った作品を思い通りに記録できませんでしたが、その他には、海岸の砂浜で砂鉄を集め、スプーンを鋳造する過程を映像化し、砂を盛って棒倒しのような形態でインスタレーション作品として展示してあった山下麻衣氏+小林直人氏の《大地からスプーンを生み出す》は、シュールな作風ながらもプロセスの積み重ねと最後に残るものの関係性が分かりやすい表現であったと思います。


愛知県においても2010年に引き続き、2013年には第2回目となる「あいちトリエンナーレ2013」が開催されます。自分が活動のベースとしている場所でビエンナーレ、トリエンナーレが開催されるのはまたとない機会ですので、何かしらの形でイベントに参加し、表現に携われれば良いなと思い返せる、そんなテンションの上がる1日でした。

次のバトンは、私が大学・協会でお世話になっている、森本健様にお渡しします。森本様、どうぞ宜しくお願いします。

2011/11/17

どうしたら良いものか。 上鵜瀬孝志(コピーライター)

あまりにも膨大な量になってしまったクルマのカタログの整理に困っています。

広告の世界に入って、かれこれ40年。きょうまでのルーツをたどると、実はクルマのカタログの蒐集に取り付かれたことに行き着くのです。中学生の頃、なぜかクルマの新聞広告に関心を持ち、この広告を徹底的に集め初め、併せてカタログにも手を出すようになり、目標は、日本の全車・全カタログに。当時は、大衆車競争が激化しつつありました。名神を手始めに高速道路の開通が相次ぎ、自家用車を持つことがステイタスでもあったのです。

70年代になると、メーカー間の販売競争は熾烈を極め、広告上でB.C戦争とか、S.C戦争などとキャンペーン展開も激化。となると、クリエーターの本領発揮のステージは整います。かつて、梶祐輔さんと“白いクラウン”“マークⅡ5人の会”など自動車広告談義をしたことを思い出します。金内一郎さんのベレット、向秀男さんのスカイラインは、新聞広告もカタログも私にとっては、お宝です。

80年代には、スポーツカーが次々登場し、カタログの表現も充実。いまもって参考になるほどの具合です。となると、私の蒐集熱は高まるばかり、比例してカタログも増す一方。各時代のカタログを開いて見比べると、その時代時代の表現の特長がよく分かります。文字の組み方、レイアウト、写真の撮り方、もちろんコピー表現もです。

ところが2000年を境に、新聞広告もカタログも魅力ダウン。で、蒐集熱も冷めてしまい、膨大なカタログの整理だけが残ってしまったのです。新聞広告については、一冊の本にまとめる機会に恵まれ、『新聞広告でたどる、60〜70年代の日本車』(三樹書房刊)として全国の書店で販売されています。
翻ってカタログをどうしようかと困っている次第なのです。



2011/11/02

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